子供と子ども

2010年05月01日
会社の教育で

「こども」は「子供」と表記しません。なぜなら「こども」は大人に供するものではないからです。


ということで「子ども」にしてるらしい。

だが、こうすると「野郎ども」の「ども」に感じるのだが…
全部平仮名にすりゃいいのに、と思うのだが、妙なプライド(子という漢字は書けるぜ、的な)があって、子は漢字のままにしたいらしい。

というか、子供の「供」が供する(差し上げる? 差し出す?)ものだとして、その対象がなんで大人になるのか理解できない
「供する」の意味の1つ、「そなえる。たてまつる。」から考えれば、対象が大人ではなく、神仏であるように思うのだが、そうではない?

そうじゃなくて、「お供」の「供」なのか?
でも、それだと「子にお供する」という熟語になって、大人が登場する場面が無いのだが…。「子がお供する」でもその対象が無いですな。


うーむ、大人を登場させる理由がわからない。
なので、大人に供すると決め付けて「子ども」と表記するのは、結構危険な気がする。
posted by MRB at 21:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本語

「違和感を感じる」に違和感を覚える?

2004年12月25日
個人的によく見に行くサイトに「違和感を感じる」という表現が散見される。個人的に、この表現は「馬から落馬する」と同様に、同じことを二回言っている、と思っていた。つまり、「違和を感じているのを感じる」ということである。


最近は"正しい"日本語という訳の分からない日本語がそこそこ流行しているので、同様のことを問題としたblogないしウェブページが多いのではなどと思いつつ、ちょっと気になったので、googleで検索してみた。某巨大掲示板は除いてある。

違和感を感じる約 87,500件
違和を感じる約 507 件
違和感を覚える約 43,700 件
違和感がある約 130,000 件


以上を見ると、「違和感がある」という表現が多い。これは意外だった。ここまで多いとなると、もしかしたら正しい表現なのかとの疑念を抱く。

で、辞書で調べてみた。


goo辞書の違和感の項目を引くと、そのものずばりの表現が例文として載っている。じゃあ、違和という言葉が単体で存在しないのかということを思ったが、そうではないようだ。

うーむ、それじゃあ「違和感」についている「感」は何だろう…。「安心感」の「感」と同じ?? だとすれば「安心感を感じる」との表現も正しいとなるが、これはいくらなんでもおかしいと思うし。


ありゃ、謎が深まった(x_x)
posted by MRB at 02:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本語